なんと小出監督が逝ってしまった!

ホーム

あ、最初に誤っておきますね、記事ごとに
全てアイキャッチ画像とか貼らなきゃ
いけないというか、貼らないと一覧で
NO IMAGEとかいうのが出て殺風景になる
みたいなので急遽、小出監督を描こう
としてこのザマです。
ツィッターで大人気のみちすけさんは、
最初から、ペンタブで、上手に絵を描く
というのに、この私は、いちいち鉛筆で
下書きをしなければ、絵らしく描けない
というこの差!
いやいや、自分を卑下してはいけない。
そうそうこういう時は、
「あんみんは鉛筆画が得意!」
これでいこう(^o^)

んなことより、小出監督が、天国に
旅立たれました!
なんだろう、なんだか凄い親近感のある
人だった。
喪失感というより、長生きして欲しかった
ただただそんな感じを呼び起こせるような
人だったように思います。
有森裕子さんに、オリンピック銀メダルと
銅メダルを獲らせてあげて、また高橋尚子
さんには、オリンピック金メダルを獲らせて
あげた、まさに名監督です。

2000年の女子マラソンは、日本中が
衝撃でした。
まさか、女子マラソンで金メダルが獲れる
なんて、ほとんどの人が夢にも思って
いない時代に、華奢な超大物 高橋尚子
さんが、ケロッとした笑顔とともに
「とっても楽しい42.195キロ」
でしたと言ってたシーンを、日本人なら
ほとんどの人が知っている事でしょう。

今にして思えばあれが、小出監督の凄さを
物語っている、言葉だったのとしみじみ
感じます。

たとえば練習で地のにじむような思いを
続けて、何度も投げ出したいと思った
ような選手が、金メダルでゴールしたと
したらどうでしょう?
あんな感じでケロッとした明るい感じの
セリフになるでしょうか?
私はそうは思えません。
涙ながらに万感の思いで、
「続けてきて良かったです」
などと言うような気がするのです。
もちろんあくまでも私の感覚ですが(^_^;)

でも高橋さんが、小出監督との練習について
語っている事は、常に楽しいと、小出先生の
メニューをとにかくやりたいと思って
やっているというのです。

つまり高橋尚子さんにとっては、小出監督
に褒められながら見守られながら走る事は
喜びであり、たぶんそれが常にモチベーション
になっていたのだろうなと思えるのです。
つまりこれが、あのあっけらかんとした
高橋尚子さんの金メダル獲得のコメントに
つながったのだと思っています。

徹子の部屋のシーンがテレビで、このたび
流れていたけれど、高橋尚子さんは、隣に
座っている小出監督をにこやかに見つめながら
「小出監督は、上から目線でものをいう人では
なく、いつも自分と同じ立場におりてきて
くださるんですよ」
と小出監督の隣にいるのが、本当に幸せそう
な感じで話すのを見てました。

あーーなんていい監督だったんだろう。
しかも徹子の部屋の番組中にビールを
飲みながら、さも気持ち良さそうに話す
明るさとか、豪快さとか、なんだか、
昭和の良い雰囲気をそのまま平成まで
持ち込んでくれたような、味のある人
だったなと、つくづく思いました。

決して選手を腐らせないで、元気づける
自信をつけてあげる、基本的だけれども
一番難しい事を、完璧にできた人だった
のではないかなと思います。

もちろん選手の性格に応じて、指導方法
を変えてあげるという柔軟性も、際だって
いて、教師タイプの有森裕子さんには、
小出監督が、むしろ生徒のようになって
接して、有森さんの自主性とやる気を
引き出していき、たとえば練習メニュー
なども有森さんの考えたものを採用して
いたというのです。
逆に、素直で従順なタイプの
高橋尚子さんには、メニューなど、
あらゆる事を小出監督が決めてあげて
いたという事らしいです。

あーー誰もが長生きして欲しいと思える
ような人物が逝ってしまった。
でも高橋尚子さんがいうように、きっと
天国でも、大好きなお酒とかけっこをして
元気にやってくれているんだなと思えて、
涙もにじみながら、微笑ましく思える
私でした。
そして乾杯させていただきます!

ホームスポーツ
スポンサーリンク
あんみんをフォローする
無為あんみん〜天衣無法ブログ〜

コメント